突然の重症心不全に:教訓的ケース
10年以上にわたって、中程度の心不全がうまく管理され安定して問題なく経過していた患者です。その患者がある日突然重症心不全になり大学病院の集中治療室に入院となりました。
何故そんなことになったのか、その理由は多くの心不全予備軍の患者にとって大変に示唆的で教訓になると思います。今日はそんなケースをお話します。
慢性心不全の予防管理
病気で心臓が弱ってしまった状態を心不全と言います。心不全が中程度までの重さなら上手に管理されれば日常生活は普通に近い程度まで可能です。当院の患者は中程度以下が大半で重症な人はいません。多くはほぼ普通の日常祭活を送っています。
日常生活の注意
患者の日常生活では、運動は適度に抑え激しい運動は避ける、水分や塩分は厳しく制限する、過食は控える、風邪などの感染症の病気にはならないよう注意する、太らない、何か体調に変化があれば直ぐ主治医に相談すること等を守って頂きます。
医学的な治療
医学的には十分量の薬で至適な正常血圧や脈拍数に保っておくことは大切です。その他にも心不全の基礎となった心臓病や全身状態も十分量の薬で万全な状態に管理されていることが前提になります。
医師の治療管理と患者の日常生活の自主管理が両輪となって適切に維持できれば、中程度までの心不全であれば比較的落ち着いた日常生活を長期にわたって維持することが可能です。しかしそれでもうまくいかない人は必ずいるものです。
よい管理状態が長期に続いていたのに、ある日突然重症な心不全になって大きな病院の集中治療室に入院となってしまった患者さんがいました。心不全患者に大変よい教訓になると思いますのでお話しします。
塩分が多い代表の梅干し
具体例(病名:心筋炎後の慢性心不全)
当院では様々な心不全予備軍の患者が通院しています。心臓の状態を厳格に管理していますので、通院患者が重い心不全状態になることは稀です。
心不全患者の管理としては、正常血圧を保つ為の厳重な日常生活と十分な薬剤投与がまず基本です。さらに体重減量でスリムな体型を目指すこと、主要臓器(肝臓、膵臓、腎臓など)全てを出来るだけ正常状態近くに保つこと、糖尿病や高コレステロール、高中性脂肪の正常化、禁煙や適量の飲酒なども守って頂きます。
日常生活では過労を避け規則正しい生活を維持するように指導します。そして水分制限と塩分制限は徹底するように繰り返し指導しています。もし水分摂取が過量になれば体中が水で溢れ、酸素ボンベなしで潜水した時のように水中で窒息してしまうのです。
<60歳代女性:安定した慢性心不全>
10年以上前に心不全症状で当院を受診しました。当時大学病院に紹介し心筋炎の可能性ありと診断されて退院し、その後当院で外来通院治療している人です。自分の弱った心臓のことはよく理解されていて私のお話を守ってこられました。しかし時には山に登って長距離を歩くという冒険をして心臓が疲れて一時的に弱ったこともありましたが、入院治療が必要になったことはありませんでした。
最近は定年で仕事も辞め、体に負担をかける家事や作業もなく、家庭で普通の主婦として生活していました。検査データは数年来安定状態にあり、生活リズムもほぼ変わらず体調も全く穏やかに推移していました。何か大きな問題の発生を予感するような事はなく、この状態を維持すればまだまだ普通の生活が続けられると考えて診療していました。
ある日、毎月定期的に当院に通院していたその患者さんがしばらくぶりで当院を受診しました。診察間隔がこんなに開くことはなかったのにと不思議に思いながら患者を診察室に呼びました。
患者に「しばらくぶりになりましたが、薬はありましたか?」と尋ねますと、「先生、すみません」といきなり謝ってきました。そしてこの期間に何が起こったのかを詳しく話してくれました。
<水と塩分の自由摂取で深夜に救急車を呼ぶ>
これまで水分や塩分を節制することを神経質なほどに気にする生活を続けてきましたが、最近ある時期に無性に塩辛いものが食べたくなってしまったそうです。我慢できずに漬物や梅干し等を好きなように食べました。水もあれほど我慢していたのにその時は何も考えず好きなだけ飲んでしまいました。
体重は測ってなかったそうです。一週間ほどしたある日の夜遅くになって息苦しく辛くなりました。体重を測ったらいつもより4キログラムも増えていました。こんな時は体に水分が貯まっていると分かっていたので当院から貰って保管してあった利尿剤を飲もうと探しました。しかしその薬が手元になくなっていました。こんな時に限って大切な薬が切れているものです。
夜も更けて布団に入ったのですがとても眠れる状態ではなく息苦しくて我慢できなくなりました。水の飲み過ぎと塩分の取り過ぎが原因と直ぐに理解したそうです。深夜になって苦しむ自分の姿を見ていた夫は全く訳が分からず動転して混乱しているだけだったそうです。
夜中の0時頃に当院に電話して主治医の私に迷惑をかけては申し訳ないと思い、自分が電話で救急車を呼んだそうです。自らが電話口で救急隊に救援を依頼したそうです。そしてそのまま大学病院の救急センターに運んで貰ったそうです。
<患者は状況を正しく判断し適切な対応>
この状況なら患者はさぞ苦しかったと予想します。夫がそこにいるにもかかわらず、その患者は気丈にも自分で状況を把握し判断し自ら電話して救急隊に出動を要請しています。その患者の判断は正しかったと言えます。
深夜という時間よりも、この状況なら当院に来ても十分な治療は出来ず時間を無駄に浪費するだけとなったでしょう。大学病院で集中治療する必要がありましたので、救急車で大学病院に直ちに運んで貰うのが正しい判断であったと思います。
この患者がこの様な危機的な状況になったことは一度もありませんでした。患者にとっても初めての経験でした。それでも自分の病気の本質をよく理解し当日の病態の原因、結果、処置を適切に理解していました。
患者が日頃から自分の病気をよく考え理解していた賜物だったと思います。危機的状況の苦しい中でも冷静に判断し正しく行動している患者の姿があります。
<救急車から救命救急センターに直行>
その病院では患者の状態が悪いので直ちに救命救急の集中治療室に入室させられたそうです。そして2日ほどしてから一般病棟に移ることが出来ました。その後は順調に心臓リハビリをこなして退院となりました。
退院した日に入院中の主治医からの詳しい手紙を持って患者が私を訪ねてくれました。病院に搬送された時は酸素を大量に吸っても正常以下の呼吸状態でした。血圧は普段の外来では、100/50mmHgもない状態でしたが、その時は170/65mmHgまで上がっていたそうです。入院時に心不全が如何に悪い状態であったかが推測されるデータです。
<順調な回復で退院>
体調が落ち着いてから心臓カテーテル検査もしたそうです。冠動脈は正常で新たな治療を追加しなければならないような病気は見つかりませんでした。心臓リハビリをこなし全身状態が回復したので本人の希望で3週間ほどで退院となりました。
本人が自分の病気を正しく理解していましたからよかったですが、もしこの状態がもうしばらく続けば生命の危険があったと思われます。救急隊や入院先の医療スタッフに助けて貰ったと言って良いでしょう。
今は元気になって再び笑顔で私のクリニックに通院できるようになったのは幸いでした。今回のことで元々あまり丈夫ではない心臓が更に悪くなりはしなかったかが心配でした。
<水と塩、無制限の一週間で、病状が一変!>
今回のことを患者本人もいたく反省していました。自分の軽率な塩分と水分の過剰摂取があのような事態となり、家族に大きな迷惑をかけ自分も非常に辛い思いをしてしまったことです。
私から「水の厳格な節制」はいつも嫌になるほど聞かされていて「耳にタコ」の気持ちだったでしょう。分かりすぎるほど分かっていましたから、これまでの10年以上は無事平穏に過ごしてきました。しかし今回その節制を破って現実に起こった緊急事態は心の底から水と塩分の節制の大切さを思い知らされる事になりました。
<心不全予備軍の患者には重い教訓>
心不全予備軍の患者は、上手にコントロールされ普通の生活が送れていたとしても、この様に水と塩分の自由摂取をしますと、たった数日で命を奪われかねない事態にまで発展してしまうのです。
私が皆さんにここのブログで「水は毒!」とかなり激しい表現をしているのも、心不全予備軍にとっては決して大袈裟な脅しではないと理解して頂けたと思います。心不全予備軍には今回のお話が重い教訓となれば幸いです。
続く・・・
お勧め記事
●心臓病の「早期発見、前兆症状」なら
●心臓の「症状から病名」を探したいなら
●狭心症・心筋梗塞の「早期発見、前兆症状」なら
●速い脈、遅い脈なら
●期外収縮コラムの一覧
●心不全の「早期発見、前兆症状」なら