自己利益のため、患者を欺き、悪い医療を施しているか?
医療について様々な意見があります。医師から見て特に不当と思われる非難は、「医師が自己利益のため多くの国民の健康を損なう医療を平気で施している。従って医師の言う事は信用するな」とする意見です。
我々医師はそのような批判があることは知っていますが、ほとんどの医師は反論しないと思います。私もその一人です。なぜ反論しないのかは医師それぞれ個人的な判断で同じではないかも知れません。
医療とは、公表されている膨大な医療情報を医師が選択判断し、自分が最善と考える医療を患者さんに施し病気を治し健康を維持することです。その医療行為の中で、お金儲けの目的で不要な医療や有害な医療をしていると見られているなら、それは医師にとって大変残念な誤解です。なぜそのように見られたのかを検証する必要があります。その意見が起こった背景や理由を調査するのは個人では困難ですから、全医師を代表して日本医師会や日本医学会が検証するのがよいと思います。
私自身に限定すれば、自分は経済的利益のために不当な医療を患者さんにしてはいない。全く反対の立場で、患者さんの利益のため正しいと信ずる医療をしています。従ってそんな極端な意見は少なくとも自分とは無関係と思っていますから、本気になって反論する気になれません。
そんな話はどこかの誰かのごく例外的な医師の話で、自分の周囲にいる医師は誰もそうではないと思っています。大多数の医師は同じような思いでそのような批判を見ていると推測します。
多くの医師個人は「自分の医療は多くの自分の患者さんが良く分かってくれている。それだけで十分」と感じているでしょう。自分の患者ではない関係ない人のとんでもない意見に「そうではない」と、あえて詳しく根拠を上げて反論する気になれないのだろうと思います。
悪意の情報に誘導され、悪い医療を施しているか?
しかし、もしも我々医師が自分の医療行為の判断の根拠にしている研究論文、学会発表、国の厚生行政情報、製薬会社の薬剤情報などが故意に事実と異なる悪質な情報で作成されていたなら、我々が正しいと信じる医療判断が悪意を以て誤った方向に誘導されていたことになります。
医師の医療判断は、本人が知らずに国民の健康を害する方向に誘導されていたことになります。結果として、医師は信念を持って自分自身や家族や多くの患者さんに間違った悪い医療を施したことになります。
ここで「もしも」としましたが、少なくとも医療すべての分野で過去から現在まで長期にわたりそのようなことが行われていたはずがありません。万一そのようなことがあったとしても、それは医療のほんの一部の例外的な分野で、ある期間に限定されたものだと信じます。
その根拠は、医師が正しいと信じた長年の医療活動の結果、日本国民は病気や健康に関して、間違いなく世界有数で、格段に改善された事実があります。医療全体としては、日本で無駄な悪い医療が長期に続いてきたわけがない明らかな証拠です。
しかし極めて限定的な分野で限定的な期間だけ、もしかしたら効果のない無駄な悪い医療がなかったとは断定できません。もし公開医療情報の中に否定的価値の医療があれば、多数の医師はそんな悪い医療を自分の経済的利益のために患者さんに行うとは考えられません。従って公開医療情報が誤った情報を掲載し、医師を誤った方向に誘導した場合しか考えられません。
医師は自分の経験から、医療の優れた成果を確信している
個々の医師は臨床活動の成果を逐一公開発表しませんが、自分の患者さんの病気が治り健康になり長年幸せな生活が出来るようになった事実を多数経験しています。長年の医療の成果を実感しています。これは誰にも騙されない現実の職業的成果です。それを日本全体で長期に集計すれば、日本国民の健康が大きく改善した事実になります。
疑念があっても、個人の医師で検証は困難
疑問のある公開医療情報があったとしても、確実な医学的証拠がなければ医師はそれが不当な間違った情報であると公表することは出来ません(公表は学会発表や論文などの形で行いますので、厳密な医学的検証に耐えなければなりません)。その確実な医学的証拠をそろえる作業は長期間の大変な労力を必要とするゆえに、多くの医師はもしかしてと疑問を感じたとしても実際の検証行動に進むことは困難です。
私自身は、発表された公開医療情報に疑問を感じた経験は過去少なくとも数回はありました。すべて一流誌に掲載された医学論文でしたが内容や結論に疑問を感じました。私はその研究論文の内容や結論を信用しませんでした。その研究論文の2つはかなり後になってから捏造であったと報道されました。しかし他の論文は20年以上も経過しましたが、そんな話は聞きません。私個人の疑問だけで終わっています。勿論、私にはその論文の是非を検証する時間も資金も組織も全てありません。私の個人の力では絶対に検証できません。
「医師は、経済利益を求めて不当な医療をしている」、は不当な意見
結論として、医師が効果のない無駄で悪い医療を自分の経済的利益のために患者さんに施す事は、極めて例外的な少数の医師以外あり得ないことです。もし医師全体にそのようなことが起っているなら、それは悪意ある組織的な犯罪に近い行為によって、医師に誤った医療情報を与え間違った医療をさせるように誘導した場合だけです。
もしそのような事実があると分かっているなら、そう批判する人は国にまずその事実を指摘し、国はその事実を検証し、それが事実なら検証結果を公開し、医師に正しい医療情報を知らせるべきです。その手順がなされずに「医師が自己利益のため無駄な薬や治療で多くの国民の健康を損なう医療を平気で施している。医師の言う事は信用するな」と公に批判するのは、医療の現実を知らず、「悪い医療」(もしあったとして)の責任すべてを、表面的で誰でも分かり易い理由で、医師全体に押し付ける無知または意図的な発言だと想像します。意図的であるなら、誰がどの様な意図でなぜそのような誘導をするのか、その背景こそ調査するべきでしょう。
最後に:日本の医療の信頼性と安全性は、まだ十分に維持されている
効果に疑問の医薬品があると或る出版物で継続的に批評されていますが、本当にそうなのか真相の解明を待たねばなりません。しかし極く一部の医薬品の問題と、医師全体や医療全体の信頼性とは別に考えて頂きたいと思います。一部の医薬品の問題から医療界全体の信頼性に疑問を持つように議論を拡大するのは危険で過剰な議論だと思います。
日本の医療システムの大勢は、信頼性も安全性も公平性も満足できるレベルで運営されていると私は確信しています。それは外国で病気になった時に明らかな差を感じるようです。空気の様に当たり前だと思っていた日本の医療の廉価さ、便利さ、公平性や、質の高さを外国の病院で初めて認識するのでしょう。
現代日本の非常に厳しい医療財政環境にあっても、全体的な医療システムはまだ健全さを維持しています。世界に誇れる医療の質もまだ大きく崩れてはいません。保険制度の制度疲労や厳しい財政環境の中でも、日本の医療関係者は医療の質を維持できるよう頑張っています。日本の医療システム全体に疑いを持ったり不信感を抱いたりしないで下さい。
悪化しつつあるとはいえ、まだ日本の医療は信頼できます。問題が見つかったとしても、それは医療全体から見れば部分的で限定的な問題に過ぎない事を理解して下さい。