画像:不思議の国のアリス
ある時異常に高い血圧
「見せかけの高血圧」という考え方をシリーズでお話ししてきました。今日はその治療のお話しをします。
これまで時々測った血圧はほとんど問題なかったのに、ある時測った血圧が普段とは違って異常に高くでました。繰り返し測ってもやはり高くてどうしてこんなに高くなったのか原因が分からず悩んだことがあると思います。
この様な場合の多くは「見せかけの高血圧」である可能性が高いのです。もちろん本物の高血圧である可能性もあるわけですが、多くのケースは一時的に高い血圧であり治療を始めなければならない本物の高血圧ではないのです。
「見せかけの高血圧」とは治療が必要な「本物の高血圧」とは違って、高いのは一時的でしかなく治療の必要はないような血圧です。数分から1時間くらい経過してから再測定すれば、ほとんどの場合に正常血圧に戻っているでしょう。
「本物」と「見せかけ」:その見分け方
どのようにして本物か偽物か判断すれば良いか、別のコラムでお話しましたのでそこをお読み下さい(◆161 その高い血圧 治療が必要な本物か?、不要な見せかけか?)。ダイジェストしますと、高くなったその時に繰り返し測らないで一度測るのを止めて下さい。
自宅で朝とネル前の体が静かに落ち着いた環境を選んで血圧を毎日測定して下さい。その血圧があなたの本来の血圧です。この値が毎日正常値で推移していれば、高かった以前の血圧はその原因は分からなくても、心配ないものである可能性が高いと思います。例外がないわけではありませんが本物の高血圧である確率は低いと思います。
不安なら内科医に相談すると良いでしょう。測定した家庭血圧記録を折れ線グラフにして持参すれば見やすくて参考になります。
様々な場面で高い血圧になる
本物ではない「見せかけの高血圧」は日常生活の様々な場面で見られます。しかし皆さんはそのような機会に血圧を測ったことがないので気付かないだけです。
日常のどんな場面で高い血圧が表れるかも別に詳しく書きました(◆248 高血圧 測る度に違う。どの血圧が本当か?)。簡単に言えば、運動や動いている時、その直後、興奮している時、不安になっている時、ストレスを感じている時、嬉しい時、怒っている時など様々です。
無意識に緊張している場合もありますので、自分では何故高いのか全く分からない場合もありますが、背景には上がる理由があるのです。繰り返しますがその高い血圧はほんの短時間で消えますからあまり心配ないのです。
しかしストレスや緊張や不安感が長期間にわたる場合は話が違います。高い血圧は短時間では下がらず長期間ずっと持続しています。
高い血圧の程度と持続時間
その高い血圧がどれほど高いのか、どれだけ持続するのかです。その高さと持続時間の長さで治療すべきか否かが決まると思います。例えば高い血圧が1日24時間のうち30分以内であれば高い血圧は1日の時間の2%しかなく、よほどの高さでなければ悪い影響は少ないと考えられます。
一方、高い血圧が10時間も継続するようなら、体は1日の時間の42%で高血圧の影響を受けます。それが毎日続くようなら体の受ける損傷は少なくないと思われます。
つまり高血圧にさらされる高さの程度と、さらされる時間の長さの両面から、体の受ける悪影響を推測するのです。それ程高くなくても24時間持続する場合、持続する時間はそれ程長くないが非常に高い血圧になる場合、こんな場合は治療が必要になるかも知れません。
高血圧を見逃したケース:診察では正常血圧
経験したケースです。診察の時は低いのですが、仕事のあるウイークデイには非常に高い血圧であったため、重い眼底出血を起こしてしまった例を紹介します。眼科での適切な処置で幸いにも事なきを得ました。
50歳代の男性会社員です。数年来高血圧治療で当院に通院しています。土曜日は仕事が休みですからこの日の午前中に来院し毎回診察していた人です。内服治療の継続で外来での血圧はいつも正常で定期的な血液や尿の検査も問題なく推移していました。
ある日、数年ぶりで眼底検査をして驚きました。数年前の眼底検査は問題ない所見でしたが、今回は片眼にかなり広範囲に及ぶ大きな出血がありました。出血は眼底の最も重要な場所を外れているため視力に影響はありませんでしたが、薬剤治療で正常血圧の外来管理をしていればこんな大きな眼底出血は滅多に起こらないことです。
患者に詳しく状況を聞いた所、それまでの半年間は仕事が非常に多忙で月曜から金曜まで朝出勤して帰りは深夜になることがほぼ毎日であったとのことでした。もし月曜から金曜に家庭血圧を毎日測定していればかなり高い値であったと想像されました。土曜は会社が休みですから診察ではよい血圧になっていましたが、恐らく一週間の5日間は高い血圧にさらされ続けていたものと推測されました。私が外来管理していながら、高い血圧状態を見落としてしまった残念なケースでした。
1日2回の家庭血圧が正常なら治療は不要か?
家庭での朝とネル前の穏やかな環境なら正常血圧であっても、ストレスが極めて多い仕事が始まれば血圧が相当高くなってしまうことは十分予想されます。家庭で朝とネル前の2回、穏やかな環境では血圧が正常であるからと言って、24時間いつでもよい血圧になっているとは限りません。
家庭での朝とネル前の血圧がいつも正常であれば一時的に発生した高い血圧は「見せかけの高血圧」と予想されますが、朝とネル前以外の様々な状況で測定しないと本当に治療が不要とは断定できないでしょう。
いろんな機会に血圧を測定しないと血圧の本当の動きは分からないのです。家庭で朝とネル前の2回血圧測定は最低の条件であってこれだけで24時間の血圧を全て予想する事は出来ません。
24時間のうちどれほど高い血圧がどれだけの時間続いているかが治療開始の目安になるでしょう。
しかし現実に毎日血圧を何度も何度も繰り返し測定するのは困難です。24時間血圧計で調べるのはよい方法ですがあくまでその日だけのデータでありそれ以外の日の血圧変動は分かりません。
はっきり言えるのはいつ測定しても高い血圧なら治療が必要と言えます。しかし測るとその時だけは必ず高くなるタイプの「見せかけの高血圧」もありますので困ります。
朝とネル前がいつも正常であっても、運動直後、仕事の休憩時間、帰宅直後、出勤直前など様々に血圧が上昇する環境を選んで血圧を測定してみることも必要と思われます。
そのように運動や仕事で体にストレスがかかっている環境でもそれ程高い血圧でなければ、ある特殊環境だけで高い血圧を「見せかけの高血圧」と見なして薬剤治療は様子を見てもよいでしょう。様子を見るとは、治療はしなくても定期的に様々な環境で血圧を観察し続けることです。
血管障害が治療開始の決め手
明らかな高血圧例を除き、微妙なケースでは単回の血圧測定を繰り返しても治療すべきか否かを明快に判断することは難しいことがあります。そんなケースで治療要否の判断をする基準は重要な血管に障害が存在するかどうかです。
血管障害を問題にする重要な血管とは、脳血管、心臓の冠動脈、心筋そのもの、腎臓、胸や腹部の大動脈などが該当します。たとえ軽くても、脳血管障害、狭心症や心筋梗塞、心拡大や心肥大所見、腎機能障害や異常な尿所見、大動脈の拡大や蛇行などを重要な血管障害の指標にしています。所見があればその人にとってその血圧は好ましくないと判断し降圧治療を開始するようにしています。眼底血管の動脈硬化所見も参考にします。
「本物の高血圧」か「見せかけの高血圧」か、降圧治療を開始するべきかどうか、迷うような微妙な患者では、以上の血管障害の存在が判断の決め手になります。「見せかけの高血圧」の場合には、驚くほど高い血圧であっても血管障害がほとんど存在しないか不釣り合いに軽いのがその特徴だと思います。「本物の高血圧」と違い、「見せかけの高血圧」では長時間持続する高い血圧ではないので血管の障害も軽微なのでしょう。
まとめ
以上のように、ある特別な場面で血圧が異常に高くなったとしても、家庭で朝とネル前の毎日の血圧がほぼ正常であれば、治療不要な「見せかけの高血圧」と推測されます。しかしそれだけで断定はできません。
血圧が高くなるであろう様々な条件(運動直後、仕事の休憩時間、帰宅直後等)で時々血圧を確かめておくことも有用と思います。もしそのようなデータが取れたら、そのデータ資料を持参して内科医に相談されるとよいでしょう。きっと適切に助言してくれると思います。
一般的ですが、毎日朝とネル前2回の家庭血圧測定がいつも正常(125/75mmHg以下)であれば、普通の生活環境なら日中や仕事中に血圧が異常に高くなっている可能性は少ないと思います。