「見せかけの高血圧」は日常診療で決して珍しくありません。いつも診ている患者が原因不明で血圧が急に高くなり続く場合はまずこのタイプを疑います。新規の患者なら、病院受診が初めての人や別の病院で治療中の人など様々です。いずれであっても診察方法に大きな差はありません。
いつも通院中の患者なら治療は比較的簡単ですが、新規患者では少しテクニックが必要です。心理状態を想像しながら診察を進めますが、ポイントは医師と患者の信頼関係を短時間で作り上げなければならないことです。それが上手に実現すればあと少しの工夫で患者を高血圧の不安から開放できます。高い血圧はすぐに解決するでしょう。
画像:不思議の国のアリス
始まると長引く
不安が消えない
「見せかけの高血圧」は心理的な要因でなるのはお話したとおりです。何かのきっかけで高い血圧になった人が、自分の血圧は高いと思い込んでしまったり、高い血圧に不安感を持ってしまったり、同じ状況でまた高くなるのではと恐れを抱いた時に、「見せかけの高血圧」になることが多いのです。
本当の血圧はそれほど高くないのですが、一旦この心理的な不安の罠に捕らわれてしまうと、自分の力ではその呪縛から離れられず完全に忘れてしまうまで数ヶ月以上の時間が必要になるようです。
不安や恐怖心の呪縛が心から消えれば高い血圧はでなくなります。しかし呪縛が消えるまでの時間が待てずに患者はついつい血圧を測ってしまいます。
血圧測定を繰り返してしまう
根本的な原因である不安や恐怖の呪縛が消えないうちに、血圧を繰り返し測っても同じ結果が再現されます。そして悩みや不安は益々増幅してしまうのです。
その不安を自然に忘れてしまうまでの期間、例えば3ヶ月とか半年とか経過するまで血圧を測らなければよいのですが、患者はそのような背景が分かりませんから、そんな長い時間を待つとは考えないのです。
患者の心の中には高い血圧だけが深く刻み込まれ気になって仕方ありません。忘れた方がよいなど思いもよらないのです。むしろより頻繁に血圧を測ってしまう悪循環になっています。
当院での診察風景
「見せかけ」を想定
そのような不安を持って当クリニックを訪れる患者なら、もしそのまますぐに血圧を測れば当然ですが高く出てしまうでしょう。
初めてお会いした患者であっても本物か「見せかけ」かは、しばらくお話を聞けばベテラン医師ならほぼ推測できるものです。
当院では患者の血圧は診察した医師が自ら測りますので、患者の血圧は私が最初に測ることになります。患者が診察室に入り座って向き合いまずお話を聞きます。血圧はまだ測りません。
十分患者のお話を聞いて、その高血圧が「見せかけ」であると予想した場合は、意図的に血圧を測るタイミングを遅らせます。血圧を測るタイミングを間違えれば高くでるのが分かっているからです。
不安を医師が共有
患者のお話を十分聞いて不安を医師として共感します。患者は医師も自分の悩みを理解してくれたと感じます。自分の苦しみや悩みを医師が共感したことで心の重荷がいくらか軽くなります。
診察前に持っていた高血圧の不安や恐怖心が少し和らぎ向かい合った医師に安心感や信頼感を持つでしょう。そんなタイミングで私が患者の血圧を測ります。
これまでの経験では、患者が自分で測るいつもの血圧とかなり違った低い値が出ます。たとえば患者が測る時には 180/100mmHg だとして、その時私が測れば 130/85mmHg くらいです。もっと低い場合もありますが、その値を聞いて患者は驚きます。「そんな値になったことはありません!」。
しかし私は値の嘘を言っているわけではありません。心理的な不安の呪縛が解けているならこんな低い血圧なのです。
正常血圧で呪縛から開放
そこで何故この様な違いが出てくるのかを患者にお話しします。
「血圧測定で高く出ることに強い不安を持ってませんか?、高くなったらどうしよう、高いと脳卒中にならないか心配だと思ってませんか?」。ほとんどの患者は肯定します。
「そうなら、本当はあまり高くないのに、自分で測ればその時だけですが血圧は高く出てしまうのです。血圧に不安を持つとそれだけで測ると上がってしまうものなのです」
「でも、しばらくすればその高い血圧はすぐに下がってしまいますから、いつもはそんなに高くはないのです」
「もし、そんな高い血圧が常時続いているなら、高血圧の症状の肩こり、頭痛、疲れやすさ等がいつもあるはずです。検査所見にもその影響は表れるはずです。しかしそんな症状や異常所見は全くありません」
「それが普段は血圧がそんなに高くない証拠です」
こんなやり取りで患者の高い血圧の不安と恐怖心は解消し始めて、心理的な罠の呪縛から解放されていきます。