胸痛の多くは心臓ではなく、神経痛か胸の筋肉痛である可能性が高いのです。しかし心臓病の狭心症や不整脈でも似たような症状となりますから、不安なら自己判断しないで、心臓専門医の診察を受けるべきです。
ベテラン専門医は患者さんのお話を聞いて体を一通り診察するとほぼ病気の見当がつきます。その後の検査は見当をつけた診断(病名)が正しいことを確認するための証拠固めと言っていいでしょう。
その予想に沿った検査所見が見つかれば診断が確定します。皆さんの不安はその日のうちに解消されるでしょう。
心配な時は医師に相談ください。
◆222 心臓病 症状から自己診断は、リスクあり危険
胸が痛いのは、心臓か?
「胸が痛い」その多くは心臓ではない!
「胸が痛くて、心臓が心配できました」と訴えて来院する患者さんは、当クリニックではありふれています。もしその患者さんが全部心臓病なら、当院では心臓病の患者さんで溢れかえっていますが、実際にはそうなってはいません。「胸が痛い」と言ってくる患者さんの多数は心臓病ではないからです。
しかし、それを区別するのは、簡単なようで難しい点もたくさんあります。簡単にお話しするのはなかなか難しいのですが、出来るだけ分かり易くするために、今回はその区別を大胆に簡素化してお話してみましょう。
神経痛と筋肉痛が多い
胸の痛み、これを「胸痛」と言ってますが、「胸痛」は夜寝ている時に起こることが意外に多いのです。日中は少ないのに、眠ってから、夜中や明け方に胸が痛くなって目が覚め、起き上がって胸をさすってみたり、水を一口飲んだり、横になったままであっちを向いたりこっちを向いたりしているうちに、何となくまた眠り込んでしまって、朝に目が覚めたら何でもなかった、というような症状です。
心臓病である可能性はもちろんあるのですが、その多くは心臓病ではなく、背骨(胸椎)の軽い異常による神経痛か、前日の作業等による胸の筋肉(胸筋)の疲労からくる筋肉痛である可能性が高いのです。
寝ている姿勢によるのですが、ある姿勢をしばらく保つとそのために胸椎の変形がおこり、そこの神経を刺激して、結果として胸の痛みが起こります。しかし、起き上がったり、立ち上がったり、横を向いたりして姿勢を変えると胸椎の神経刺激が解除されて、いつの間にか胸痛が治ってしまったのです。
前日の日中に重いものを運んだり、腕を使った作業をしたために、普段使っていない胸の筋肉が疲れて、夜中や翌日になって胸の痛みとして症状が出てくることがよくあります。また椅子に座って、机に向かい同じ姿勢で(前かがみなど)長時間いると、胸の筋肉か神経が疲労したり刺激されて、痛くなる場合もあります。
以上の2つの原因はほとんど問題がないので、特別な治療なしで様子を見てもよいでしょう。軽い痛み止めや、湿布薬を試してもいいと思います。その程度です。「神経痛」と「胸の筋肉の疲労や刺激」、この2つが胸痛の最も多い原因でしょう。この2つは心臓病ではありません。
心臓病も可能性がある
ただし、上でお話した夜中の胸痛が、実は神経痛や筋肉痛ではなく、痙攣型狭心症や不整脈でも似たような症状となりますから、このような症状がある時は、病気を簡単に自己判断しないで、心臓専門医の診察を受けてください。ここでのお話はほんの参考程度に考えておいてください。
ベテラン医師の診断法
ベテラン医師の診断手順
問題ない胸痛であるにしても、本当にそうなのかは、いくつかの診察所見と検査所見を組み合わせて総合的に診断します。お話を聞いただけで即座に決めつけてしまうわけではありません。患者さんが初めて病院を受診した時の、専門医の診察の進め方を具体的に詳しくお話ししました。 ◆130 狭心症の治療開始 誰でもわかる、初めての診察の風景
ベテラン専門医は、患者さんのお話を聞いて、ざっと体を一通り診察しただけでほぼ病気の見当が付いてしまうものです。それから先の検査は、その見当をつけた診断(病気の判断)が正しいことを確認するための、証拠固め作業と言っていいでしょう。
いろいろな検査の結果、その考えに沿った所見が次々と見つかれば事前の診断が確定し、患者さんに「胸椎の変形による神経痛ですよ。心配ありません」と確信を持ってお話することができるのです。
診断は、一瞬にして浮かぶイメージの様なもの
多くのベテラン専門医は皆このような手順で病気を診断し治療しているものです。病気を確定し、その重症度を判断し、治療の順序を計画するのですが、これらは本当に一瞬で出来上がってしまいます。言ってみればイメージの世界で、患者さんの病気の全体像があるイメージとして浮かび上がってきて、言葉では説明できませんが、一瞬にして治療スケジュールまでが完成します。
喩えて言えば、プロ棋士が数十手先を読む時に、素人のように一手ずつ順番に追っかけて考えるのではなく、頭の中で大きなイメージが変化するように先を読んでいくと何かの本で読んだことがありますが、我々医師の診断と治療もそれに似たようなイメージの世界で仕事をしていると言っていいかも知れません。
何かいい加減な勘だけで仕事をしているのではありませんので、誤解しないでください。
診断技術は、すぐに錆びる一代限り
患者さんを治す診断・治療の手順とは、医学知識や各種の検査所見という絵具を使い、長年の多数の臨床経験と鋭い勘の筆で、カンバス上に一瞬にして描きあげる絵の様なものです。
医師のこの技術は毎日毎日磨き続けないとすぐに錆びてしまいます。2ヶ月間も診療から離れますと、その勘がもどるのに大変苦労したとあるベテランの先生から聞いたことがありました。
そして医師個人が長年かけて獲得したこの職業的能力と技術は、全部を他人に言葉や動作で教えることがとても困難です。ですから医学教科書にそんな技術はあまり書いてありません。もし優れた臨床医がその一部を教科書に書き残せたとしても、若い医学生達にはその意味が分からず、本当に重要な点が頭に残ってはいないでしょう。
従って、この技術は、残念ですが、どうしてもその医師一代限りで消えてしまうのです。医師に限らず、高度なプロフェッショナルの世界はどこでもそうかも知れません。
自己診断は、危険!
胸痛があれば内科へ。不安なら専門医へ
胸痛は様々な多くの病気の可能性がありますが、その全部を網羅して並べてお話ししてもとても消化できないでしょう。またあまり意味があるとは思えません。
僅かでも可能性のある病気をここで全部併記すれば、発生する条件や頻度を全く知らない皆さんはどの病気も同じような確率で起こると誤解するか錯覚します。たくさんの病名を知ってしまったが故に、胸痛に対する皆さんの不安はよけいに膨らむでしょう。
「あれかも知れない、これかも知れない。それだったらどうしよう・・・」等で、頭は大混乱しパニックになるかも知れません。
起きる可能性が極めて少ない稀な病気まで知っている事と「知らぬが仏」とどちらが幸せでしょうか。もしそれほど胸痛が不安なら一刻も早く専門医療機関を受診して一気に解決して下さい。それが一番早い解決方法でしょう。
普通なら、胸痛の原因は心臓でない場合が多いので、心臓でなければ何が一番多く、それはどんな症状なのかを大胆に簡略化してお話しました。しかし少数ではあっても胸痛の原因としての心臓病は命に関わる重要な病気ですから、これを見逃しては困ります。
今日は第一線の医療機関である当院のようなクリニックで、最もありふれた胸痛の原因を2つだけを取り上げました。しかし胸痛があって不安が強いなら、自己判断はせずに、専門医の診察を受けるのが正しい道だと思います。
生兵法は大怪我の基
どれほど多くの医学知識を自己学習したとしても、素人の患者さんの知識だけで自分の心臓病を最終判断するのは、過信でありリスクが高く危険ですらあります。正統な6年間の医学教育を受けた研修医でもベテラン医師のこの診療レベルには及びません。
皆さんが心臓病について勉強なさることは、病気を理解するうえで大変良いことだと思います。しかし稀にですが、勉強したご自分の医学知識レベルを過信している患者さんがおられます。こんな方は「生兵法は大怪我の基」になり易いので十分ご注意ください。
心臓病や癌の治療では特に大切です。判断ミスが命を失うことに直結し取り返しがつきません。この問題は私の患者さんで実際に起こったことです。よく学んでも決して過信なさらないように・・・。
そして・・、狭心症なら?
狭心症・心筋梗塞の五部作
胸痛を専門医が診断する手順:
◆062 胸が痛いのは心臓病? ーその診断方法ー
狭心症を早期発見する:
◆290 狭心症・心筋梗塞 超早期の発見は、静かな症状に注目!
発作から病気の重さを予想する:
◆349 狭心症・心筋梗塞 発作からわかる、緊急性と重症度
狭心症になり初めて診察:
◆130 狭心症の治療開始 初めての診察の風景
狭心症を、薬と生活で治す:
◆257 狭心症・心筋梗塞 食事・運動・薬でなおす
心臓病の究極予防:
◆369 心臓を健康にする ー心臓病・心不全の超予防ー