高血圧の症状を自覚しないままの治療では、治療の大切さの理解が乏しく、薬の飲み忘れや治療の中断がおこりがちです。
高血圧には症状があり、降圧薬治療で血圧が下がり症状が消えることを知れば、治療の大切さを悟ります。患者自らが積極的に治療に参画し、薬の飲み忘れや治療中断が少なくなり、質の高い高血圧治療を長期に継続可能となるでしょう。健康な体を獲得し、長期的に健康寿命の延伸に繋がります。
そんな健康人生に向かう鍵となるであろう、高血圧の初期治療の重要性についてお話ししてみます。
高血圧患者は、多くが症状を自覚しない?
「高血圧はサイレント」の呪縛を解く機会
これまでに随分と多くの高血圧患者を診療してきましたが、初めての患者さんが「私は高血圧で、○○○の症状がありますから受診しました」と話した人は一人もいません。
普通はどんな会話となるのか、高血圧の初診患者を診察する時の実際の診察風景を簡単な会話で再現します。患者さんからの相談の多くは、こんなお話から始まります。
患者:「会社の検診で、血圧が高いから病院へ行くようにと数年来毎回言われてましたが行きませんでした。しかし今年は遂に行くようにとキツく言われたのできました」
医師:「報告書ではかなり高い様ですが、何か症状はありませんか?」
患者:「いいえ、ありません。元気です。でも、こんなに高い血圧は問題で治療しなさいと言われました」
この様な会話が典型的な例です。私は必ず次の質問をする事にしています。
医師:「最近、頭の重い感じや頭痛はありませんか?」「肩こりや首筋の張りは?」
「坂道や階段などで、息切れや疲れるようになってませんか?」
「仕事から帰宅すると、疲れて少し休みたいと思うようになってませんか?」
「朝起きた時に、体が重くまだ寝ていたいと思うようになってませんか?」
患者:「頭痛と肩こりはありますよ」
医師:「それは血圧が高くなってからですか?それともずっと前や若い頃からの体質ですか?」
患者:「ここ数年ですから、多分血圧が高くなってからだと思います」
こんな調子で、ほとんどの人が一つや二つは「ある」と回答し、最多は頭痛と肩こりです。一つも該当しない人は少数です。もし何も該当する症状がなければ、その高い血圧は本物ではなく、ある条件でだけ高くなる「見せかけの高血圧」の可能性があるでしょう。 見せかけの高血圧
しかし本物であれば、何も症状がなかった人でさえ、治療開始後に再度同じ質問を繰り返せば違った答えとなります。それは後からお話しします。
患者さんに症状があることを確認してから、
医師:「その症状は、恐らく高血圧のためにおこっていると思います。これから降圧剤の治療で血圧を正常まで下げると、その症状は多分消えるでしょう。もし消えなかったらそれは高血圧のためではなく別の理由となります。これからの治療で今の症状がどう変化するか、自分で注目して注意深く観察して下さい。後からもう一度その症状の変化について聞きますから」
と、これから始まる治療で自分の今の症状がどのように推移するか、注目するように促します。
降圧で、症状が軽快するのを知る
降圧剤の治療を開始します。2~3ヶ月間以上もかけてゆっくりと降圧すれば、症状の変化が穏やかで認識し難くなりますから、2週間程度で症状変化が分かる程度の降圧を期待して、降圧薬の組み合わせを決めます。そのためには2週間で10~20mmHg程度は下がる降圧薬を処方します。
2週間後の再診では、患者さんの家庭血圧記録ノートを見せてもらいます。
その記録から治療で確実に血圧が下がっているのを確認します。患者さんも、薬で血圧が下がった効果をデータのグラフからと自分の症状の変化から実感しています。そこで再度質問します。
医師:「前回あると話した○○○の症状は、その後どうなりましたか?」
この質問にはほとんどの人が、
患者:「軽くなりました」、「消えました」
多くの人はこのどちらかを回答します。
前回に症状が全くないと答えた人には、
医師:「先日、体の調子は何も悪くないと聞きましたが、血圧が下がって体に何か変化はありませんでしたか?」
と質問します。
患者:「そういえば、確かに体が少し軽くなったような気がします」
と答える人が多いと思います。私の患者さんではそうでした。しかし全く変化がないと答える患者さんも確実に存在します。
この様な診察室での会話から患者さんは高血圧には症状があり、薬の治療で下がれば消えて(軽快して)楽になることを始めて悟ります。
この方法では、医師の質問で患者の心理にバイアスがかかったり、偏った答えが誘導される可能性があります。患者の正しい評価を期待するには、症状変化のより客観的な検証方法が必要だと思います。たとえば担当医師ではなく第三者が質問する等ですが、この問題は後からお話しします。
そして私から次のように病気を説明します。
医師:「症状が消えたなら(軽くなったなら)、多分その症状は高血圧によるものでしょう。高血圧はこの様にあなたの体に悪い影響を与えていました。気がつかなかっただけです。体の中では自分が感じる以上の大きな悪い変化が起こっているはずです。それが消えた今が本来の健康な姿です。この健康な状態を今後も維持していく事が大切です」。
高血圧の治療の大切さを患者さんが身を以て理解したので、これからの薬の治療も欠かさず続けるようになるでしょう。
症状を自覚し治療の意義を悟る
質問で高血圧の症状を知る
高血圧の症状はありふれているため、患者さんは高血圧の症状だとは思っていません。まずその誤解から開放しなければなりません。質問の理由は聞かず、可能性のある高血圧の症状の有る無しを確認します。
症状があれば、それが高血圧の治療でどう変わるかを患者さんに注意深く観察してもらいます。治療の効果は患者さんしか分かりません。私の経験では、当院の目標血圧である正常血圧まで降圧すれば、ほとんどの人で症状は軽快するか消失しました。変化しなかったケースは例外的であった印象です。
治療で症状が軽快するを知る
2週間の降圧治療後の再診では、血圧が確実に下がったことを患者さん自身の家庭血圧記録データから確認します。このデータは一見して誰でも分かるように折れ線グラフで記録しておくことを勧めます。数字だけの記録では平均値などを計算しなければ変化が一目で分からないからです。
折れ線グラフで表示してあれば、収縮期で平均5mmHg程度の低下であっても人の目には変化があったと分かるものです。2週間で10~20mmHg程度に降圧していれば、折れ線グラフなら誰が見ても明らかな低下として観察されるでしょう。
それから最初の診察で確認した症状がどのように変化したかを患者さんから詳しく聞き取ります。当院の多くのケースでは最初にあった症状は軽快ないし消失しています。
軽快した話をする時の患者さんの明るい笑顔は、何度見ても医師冥利に尽きます。こちらも嬉しくなってつい笑顔になります。お互いが笑いながら、楽しく診察する事になります。
症状と治療効果を、患者自らが体験する
2週間程度の短期間の降圧治療でも、降圧効果を患者さんが自ら体験することで、高血圧治療の重要性を良く理解します。それで治療の重要性を私から追加で説明する必要が無くなります。説明しなくても、患者さん自身がよく理解し納得してくれるのです。
これから始まる長い高血圧治療にも、患者さんは自ら積極的に参加するようになるでしょう。薬の飲み忘れは少なく、途中で治療を放棄したりする人も少なくなります。長期にわたる高血圧治療を真面目に継続してくれるでしょう。
高血圧への高い病識が生まれるために、正常血圧の継続率は高く維持されるでしょう。実際に当院ではそのようになっています。
★参考情報:正常血圧
当院の降圧目標値
当院での目標血圧は以前の日本の学会の正常血圧を指標にしました。
●診察室 130/80mmHg 以下
●家庭血圧 125/75mmHg 以下
長い間この値を目標にして、降圧薬を増減してきました。
米国心臓病学会(ACC)・米国心臓協会(AHA)
2017年11月の米国心臓病学会(ACC)・米国心臓協会(AHA)の高血圧ガイドラインでは、以下の様に基準がかなり厳しく改定されました。
●正常血圧 120/80mmHg 以下
●高血圧 130/80mmHg 以上
そして・・・
高血圧:五記事
血圧は高度に自動制御されている:
◆248 高血圧 測る度に違う。どの血圧が本当か?
高血圧にはハッキリと症状がある:
◆239 高血圧 三大症状
急に血圧が上がる理由は?:
◆080 安定していた血圧が急に上がった その原因は?
薬で下がり過ぎることもある:
◆254 高血圧 薬で下り過ぎると危険ですか?
薬でも下がらない訳は?:
◆064 薬を飲んでも、血圧が下りません
高血圧でも、長生きするなら・・:
◆258 高血圧 それでも、長生きできますか?