軽症~中等症の心不全で自宅から通院できる患者を例にして心不全の治療原則をお話します。
治療の原則は心臓を「大切にいたわり」負担を軽くすることです。例えれば年老いて弱った馬に荷物を積んで車を引かせるなら荷物は軽くするはずです。
弱い心臓にとっての重い荷物とは「高血圧」「体内の水分が多い」「肥満」「体力の消耗」、鞭打ちに相当する「ホルモン刺激や自律神経刺激」などです。
この重い荷物を軽くすることが弱った心臓を大事にすることです。心臓が少しでも長く活躍できます。
反対に心臓を鞭打って「もっと速く走れ、もっと多く載せろ」は心臓を弱らせ寿命を短くします。弱った心臓を苦しめてはいけません。
注意:ここでは軽症~中程度の心不全患者さんの治療を例に大胆に割り切ってお話します。心不全治療の要点を理解するのに役立てて下さい。治療は必ず主治医の方針に従ってください。
心配な時は医師に相談ください。
◆222 心臓病 症状から自己診断は、リスクあり危険
画像は、強心剤として使われるジギタリスの花
はじめに
心不全治療は、負担を減らすこと
心不全でも自宅から通院治療が可能な患者さん(慢性心不全)の治療は、弱った心臓をいかに大切に守るかが治療の焦点になります。
以前コラムで弱った心臓を年老いた馬に喩えました。この年老いて弱った馬に荷物を積んで車を引かせるのですが、この馬を大切にする気持ちがあれば、乗せる荷物は出来るだけ軽くするのは誰でもわかることです。
弱った心臓からみてその荷物とは何か? いくつかあります。一番重い荷物は「高血圧と速い脈」です。その他にも「体内の多い水分量」、馬への鞭打ちに相当する「ホルモン刺激や自律神経刺激」、「肥満」、「体力の消耗」等です。
この少なくとも5種類の「荷物=負荷」を出来るだけ軽くすることが弱った心臓をいたわることであり、心不全を予防し心臓を長持ちさせることにつながります。簡単に説明します。
1.血圧を下げ脈拍を正常に
心臓からみて最も重い荷物である「高血圧」は出来るだけ低くします。脳や腎臓が正常に活動できる最低限あればよろしいので、思考能力が低下してボーとしたり、意識が低下したり、立ち上がってフラフラしなければ、上の血圧が100mmHgもあれば日常生活にほぼ問題ないでしょう。
生命に優先すべき臓器を考えれば、脚の筋肉に血液が十分供給されなくても脚が疲れるだけで問題ありません。上の血圧は100mmHgくらいあれば生活には支障ない程度です。
心臓を大事に守るためにはまず血圧を十分下げる治療が必要になります。低くした血圧に驚かないでください。これが心臓の保護に最も効果的です。
心臓専門医はそうなるように降圧薬を微妙にゆっくりと調整していくでしょう。 ◆043 心臓病で最も大切なのは「正常血圧」
「脈拍数」とは心臓の動く回数ですが、この回数が多いと心臓に仕事を増やします。ただし脈拍数が多いのは心不全悪化の原因なのか結果なのか判断が難しい場合があります。
一般的には脈拍数を減らすのは間違いなく心臓によい効果があります。
日常生活では塩分制限にかなり気を遣ってください。塩分は体内の水分を増やす作用と血圧を上げる作用とがあり心臓にとって二重に負担となります。
2.体内の水分量を増やさない
二番目の荷物は体内の水分量です。これをかなり減量してその状態を出来るだけ維持して下さい。一日摂取の「水分制限」です。乾燥体重(ドライウエイト)の考え方を以前コラムでお話ししましたが、体内に余分な水分があまりない体重を基準にします。
脱水にならない程度に少し余裕を持たせて体重を維持します。自分の適正な基準体重は主治医とよく相談して決めましょう。 ◆193 心不全の予防 体重増加の目安を知りたい
口からの水分摂取はその基準体重が増えない量とします。しかし、いつも口が渇いているようなら体内の水分が少なすぎます。そこまで乾燥状態にしないでください。
過剰となった水分を体内から取り除くために、時には利尿薬を飲むことになるでしょう。
3.自動的な心臓刺激を抑える
自動的な心臓刺激とは、心臓を鞭打って刺激する役割の体内のホルモン環境や自律神経支配のことです。体内には多種類の複雑な心臓を刺激する経路があります。この刺激経路を薬などで抑えてやります。
効果的に抑える薬がいくつかあります。この薬の使い方は専門医にとってもなかなかの難題です。薬の微妙な匙加減のテクニックが必要です。
使い方を誤ると患者さんが逆に悪くなってしまうからです。しかし上手に使えば患者さんの生活の質を改善し寿命を確実に伸ばしてあげられます。
一方、「自動的な心臓刺激」を抑えることで、患者さんが自身でできることは、生活スタイルをスローライフ(slow life)に変えることです。
激務は避け、ストレスを減らし、緊張や興奮を抑え、激しい運動はしないことです。心不全治療のためには、心臓病の重症度にもよりますが、人生観を変える必要があるかもしれません。
4.肥満を解消しスリム体型に
肥満とは、ただの脂肪を溜め込んだ細胞数の増加ですから、脂肪細胞そのものへの栄養供給増大で心臓の負担が大きく増えるものではないでしょう。
その肥満の体で活動する時には、筋骨格の運動器系、呼吸器系、循環器系に負担が増えるのは間違いありません。痩せた人に較べ肥満の人では、活動時に心臓はより多くの血液を全身に送り出さなければなりません。
肥満は心臓に確実な負担増となります。体を軽くして心臓の負担を減らせてください。「弱った馬」にとって肥満とは引っ張っていく「荷車」が重いだけで、運ぶべき「荷物」はちっとも変わりません。弱った心臓には非常に効率の悪い無駄な負担です。
心不全が悪化し心臓が非常に弱った時、体は激やせになります。これは食欲が低下した事もありますが、心臓の負担を少しでも軽くするための生体の重要な適応現象なのかも知れません。
「車」は軽ければ軽いほどよいのです。レーシングカーのボディー重量は極限まで軽くしてあるのと同じです。 ◆206 肥満 心臓病には負担 重症なら悲鳴!
5.体力の消耗を避ける
例えば風邪を引いただけでも細菌との戦い(発熱など)で体力を大きく消耗します。心臓は多くの栄養を全身に送り込まなければなりません。結果的に長時間運動しているのと同じ負担を心臓に要求するでしょう。そんな病気は以下の様にたくさんあります。
簡単に言えば、風邪も含めて他の病気にはならないようにすることです。
・運動、過労、ストレス過多、睡眠不足
・貧血などの血液疾患
・肺炎などの呼吸器疾患
・結核などの慢性の感染症
・腎臓・泌尿器系疾患
・下痢、慢性肝炎などの消化管・肝臓疾患
・甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患
・SLE、リウマチなどの膠原病
・癌、白血病など悪性腫瘍
・その他
最後に
以上が心臓を大切に「いたわる」という心不全治療の原則的な提案です。
原則に沿って心不全を上手に管理できれば、より良い生活の質をより長く維持できると思います。
そして・・心不全の予防は?
心不全の五部作
心不全の初期症状:
◆325 心不全の初期症状:ありふれて、間違えやすく、治りにくい
心不全の治療:
◆125 心不全の治療 その原則は心臓をいたわることです
心不全の予防:
◆025 心不全の予防 水は毒! 水分制限が一番
心不全とは?:
◆266 心不全とは? たとえ話でやさしく説明
深夜の心臓発作:
◆268 心臓発作 夜中なら不安と恐怖 ー解説と対処法ー
心臓病の究極予防:
◆369 心臓を健康にする ー心臓病・心不全の超予防ー
心不全コラムの特集:
特集:心不全 症状・治療・予防
心不全の治療:前半部終了
ここで「心不全の治療」前半部分が終了
後半は興味ある方だけお読み下さい。以下が後半のテーマです。
◆147 心不全治療の原理を探して
慢性心不全の治療原理の理論は?
ージギタリスはその隠された鍵かー
私の患者さんにも分かり易いよう科学推理記事風に書きました。しかしそれでも専門的内容でかなり難しいお話しになりました。こんな話題に興味がない方はスキップ下さい。